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2011年3月14日 (月)

サバイバーズ・ギルトに陥らない! そんなときにはまず深呼吸だ!

※今日の記事は主に、この本で得た知識に基づいておりますが、私の個人的意見も多く含まれています。

多くの命が犠牲になる今回のような災害が発生したとき、生き残った人間は、自分が無事なことに安心するあまり、「なぜ自分は無事なのであろうか」という自問自答をしてしまうことがあるといいます。自分の無事を喜ぶことを不謹慎と感じ、必要以上に罪悪感を感じてしまうということだそうです。そして、何も出来ない、出来なかった自分を責め続けてしまうということもあるそうです。

しかしながらそれは人間の心理として、そして生物の本能的感情として全くもって自然なことであり、心理学的にサバイバーズ・ギルト、直訳で生存者の罪悪感(Survivor's guilt)と呼ばれている事象だと言います。

今回の震災で、もしそのような罪悪感的思考に至っている方がいらっしゃったら。「それは人としてとても自然な反応だ」 「あなたが罪悪感を感じる必要はないのだ」 ということを思い出してください。そして周囲の人にもそれを伝えてあげてください。

現代では、特にテレビを通じ、必要以上の生々しい映像が繰り返し流され、被災されていない方でも同様の状態に陥る場合もあるのではないかと感じます。

もしどうしても、そんな思考に陥ってしまったら。

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そういう時は深呼吸。4秒間大きく息を吸って吐き出す。

深呼吸は物凄く単純で簡単な動作です。アメリカの法執行官(警察や軍)などは、銃撃戦等の強烈なストレス下で自己のコントロールを失ってしまうようなとき、4秒間の深呼吸で己を取り戻そうとするといいます。

もし行き場の無い不安を感じるようなことがあれば、是非、深呼吸をしてみてください。私はよくやりますが結構効きますよ!

というわけで、サバイバーズ・ギルトに陥らない! そんなときにはまず深呼吸だ!でした。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

他人にはわからないと思いつつ、ぶちぶちぶちっと来たので。

深呼吸程度で癒されるのはサバイバーズ・ギルトとは呼ばない。

例えば、凶悪犯から追われて見ず知らずの人と偶然並んで走って逃げる形になって、その人が襲われて殺されてしまうところを見て自分だけ無事だったら、その悲劇に対する気持ちは深呼吸程度でさっくりなかったことにできるだろうか。
深呼吸ごときで吹っ飛ぶのは、モニターの向こうの安全なお茶の間で悲劇的なシーンを見たときの憂鬱な共感、まさに記事に書かれている「行き場のない不安」ぐらいだ。

合理的に考えたときに自分が罪悪感を感じる必要なんてないことはわかってるよ。皆、そこまで馬鹿じゃない。
それがわかっていてもなお、誤った自己攻撃から抜け出せないという感情の暴走状態が問題なんだ。

自分だったら「そうやって責めちゃうときってあるよね」と止まらない現状を認めてくれるのが一番救われるかもしれない。
そんなこと言ってくれた人はいないけどね。

投稿: 当事者 | 2011年3月29日 (火) 15時53分

>当事者さん
メッセージありがとうございます。

おっしゃる通り、体験したことを無かったことになどできないですし、サバイバーズギルトという、人の生死を左右する状況下において用いられる言葉を安易に使うべきではなかったと反省しています。
私には到底想像もできない状況なのだろうと思います。先日、当ブログの御訪問者の中の被災地の宮城、石巻の方から無事と状況についてメール頂きまして、そこに触れられていた状況に改めて戦慄すらしました。私は、被災地の本当の状況を全くわかっちゃいません。

今回の事に対して、個々人がどう対処するかといったことには、時間と、そして当事者さんが救われるとおっしゃられるように、周囲のサポートが必要なのだろうと思います。

私がこの記事で「深呼吸」を取り上げた意図は以下の通りです。

人間の体が緊張状態におかれた時、自律的に、すなわち自分が意図せずして動く作用として、
「心拍数の増加」
「発汗」
「四肢の震え」
「呼吸の乱れ」
等ありますが、その中で唯一、人の意思でコントロール可能なのが「呼吸」であり、「呼吸」を足がかりとして、その体の自律的な動きを自己の制御下に取り戻そうとする。その実践が4秒間の深呼吸であると。冒頭にリンクした本の著者のデーヴ・グロスマン氏の論ではあるのですが、いずれにしろ、それ自体、体の動きに対する一次対処以上のことではありません。

大変な状況の中、メッセージありがとうございました。

投稿: kent@hobby-toy-web | 2011年3月29日 (火) 18時33分

自分の家は海岸から1km弱、道路より1mぐらい高いところにあります。

地震直後、前の道路は渋滞になり身動きが取れない状況でした。

道路には津波の水が流れはじめ、みるみると水位が増し、渋滞していた車が浮き流されていきました。

家の車とスクーターもあっという間に視界から消えていきました。

濁流の中、車から逃げ出してきた20代の女性と5才の男の子の母子が家のフェンスにしがみついているのを見つけたとき、無我夢中で腰まで水に浸かりながら助けだし、家の中に避難させることができました。

もし、家が平屋でなく2階建てで自分達が上階に避難していたらこの母子は津波呑まれていたでしょう。

親類や友人、知人でもすぐに学校等に避難したり2階に逃げたりして助かったという話しを沢山聞きました。

自分もあと1時間帰宅が遅かったら津波でどうなっていたかわかりません。

自分や家族、母子が助かったのは本当に紙一重の偶然だったんだなあと思います。

そう思わないとサバイバーズ・ギルトに陥っていたかもしれませんね。

投稿: たん | 2011年5月 4日 (水) 23時01分

>たんさん
海岸から1kmとはかなりの近さだったのですね。
それにしても圧倒的な地震、津波の威力。
おっしゃるとおり、たくさんの偶然、紙一重の中に、多くの方々の生死の分かれ目があったのでしょう。
その瞬間には人の想いというものが入る余地はほとんど無かったのだと思います。

極限状態で人は、ただただその本能に従って行動するものなのでしょうし、
そこには意味や理由などは無いのでしょうね。

しかし意味や理由が無くとも、結果生きのびたからこそ感じられる生の喜び、あるいは悲しみというものは
これまた本能的なものでしょうし、純粋に受け入れていいものだと、私は思っています。

投稿: kent@hobby-toy-web | 2011年5月 6日 (金) 19時13分

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